左手を描く

Shinji HAYASHI 1970 木炭 MBM木炭紙
「SHINJI素描展」

Shinji HAYASHI 1970 木炭 MBM
彼は暢気な反面、短気な一面を持っていた。
表紙は鏡に写した左手をモデルにしている。
平成6年に消失した彼の屋根裏部屋で描かれた。

Shinji HAYASHI 1970 木炭 MBM 64cm*50cm
アグリッパ像に木綿布をかぶせる。
若かったから、面白かったのだろう。
三畳にも満たない屋根裏部屋に友人達が集ったものだ。
私もその一人だ。そこへ登る梯子の隣に彼の姉さんの勉強机があった。


Shinji HAYASHI 1970 木炭 MBM 64cm*50cm

Shinji HAYASHI 1970 木炭 MBM 64cm*50cm
これも彼の部屋で描かれた。
レンブラントが17世紀オランダ絵画巨匠展のポスターから覗いている。
佐伯祐三崇拝はもう移行している。

Shinji HAYASHI 1969 木炭 MBM
彼の父親が戦時中に履いていたものだ。
扁平足で兵隊検査に落ち戦場は歩いていない。
彼の生命は扁平足によって齎された。
人間万事塞翁馬。
時を蹂躙する

Shinji HAYASHI 1974 oil on canvas F120=192cm*132cm(部分)
彫塑台に軍服のコートを纏ったモリエール像が載せられている。
台に打たれた釘に編上靴が吊るされている。
その台の棚に剥製の雉が羽を広げている。
前部に丸形柱時計が上向きに置かれ、その上に豚の頭蓋骨が6時の方向を指して置かれている。
左下に描かれた鉄製鳥篭の上に右足甲部骨格図の頁が開かれた人体解剖本が置かれている。背後の棚には乳鉢乳房と正三角形の20面体が置かれている。
棚最上部の闇にロウソクのない燭台が微かに認められる。
荒目カンバスにシルバーホワイト(鉛白)の地塗りが平滑な基底部を成している。意図的にバーントシエナ(土性酸化物)の下書きが残されている。シルバーホワイトとピーチブラック(桃種炭化物)での諧調が画面を構築し、その上に酸化クロム系の緑、コバルト系の青、フェロシアン化鉄のプルシャンブルーによるグラッシが生乾きと乾燥後に幾度も施されている。
溶剤はテレピン、サンシックンドポピーオイル、ヴェネチアテレピン・バルサム、ラベンダーオイル、αピネン。
作家が最も大切にしているこの静物画は、画面保護のためターレンス社の光沢ニス処理が行なわた。その光沢により当館の技術では全体撮影が困難になっている。
残念なことに、20世紀の彼の全作品は保管してあった倉庫が1994年に火災に遭い高熱、消火剤、放水にさらされる。この作品も例外ではない。
今日の保存状態を診る時、彼の伝統油彩技術が貧弱ではないことを知ることができる。
漆山美術館 H.Sketchman




















































